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ソフトウェアエンジニアの質問にハードウェアエンジニアが答える - コイルの直感的理解

はじめに

ハードウェアエンジニアの嶋田です。久しぶりにハードウェアネタです。 みなさん回路と聞くと「抵抗、コンデンサ、コイル」は真っ先に思い浮かべる部品のひとつだと思います。 しかし、電気回路に馴染みのないひとにとっては、

「コンデンサとコイルってなんだか難しくてよく分からないし、何に使うのかも分からない」

という人がほとんどではないでしょうか。 また、大学等で回路理論をかじった人の中でも、

「コンデンサのインピーダンスは1/jwC...コイルのインピーダンスはjwL...なんか急に虚数jとかでてきちゃったよ...V=-Ldi/dt??微分もでてきた、訳わからん」

という人がたくさんいるかと思います。自分もそうでした。 でも、実際の仕事ではそこまで理論的な計算式は使いません。 あくまでもコンデンサ、コイルはこういう動きをするものという直感的な理解があればほとんど事足ります*1。今日はその直感的理解について説明します。

コイルとは

コイルの構造

まずはコイルの構造についてです。これは多くの方がご存知かと思いますが、ただの巻き線です。導線をバネみたいに巻いたものです。本当にそれだけです。

「ただのまっすぐな導線とそれを巻いた導線は元が同じものなのに、片方はただの線で、片方はコイルなの?」

「なんか気持ち悪い。じゃ、ふんわり巻いたりしたらどうなるの?ただの導線とコイルの境界はどこなの??」


と思われた方はセンスがいい。 ただの導線も実はコイルとみなすことができます。ただし、まっすぐな導線の場合はコイルとしての特性を表す指標インダクタンス(単位:ヘンリー)が極端に小さく、導線を巻くことでインダクタンスが大きくなり、よりコイルとしての特性が強く現れます。 まっすぐな導線の場合のインダクタンス値はとても小さいので普通に回路を設計するうえでは無視しても問題がありません。しかし、特定の状況においてはその小さいインダクタンスも問題になります。これについては後述します。

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コイルの直感的理解

まずコイルと聞いて最初に思い浮かべるのは電磁石ではないでしょうか?コイルに電流を流すことで磁力を持ちます。これは重要な特性なのですが、回路設計をする上では別の重要な特性を知っておく必要があります。

その特性とは電流の変化を嫌うです。 もう少し詳しくいうと電流を流そうとするとすぐには流れないように妨害し、ひとたび電流が流れ始めた後に電流を止めようとすると電流を流し続けようとするというものです。

これは物理現象でいうところの慣性の法則に似ています。例えば、自転車は最初動き出そうとペダルに力を入れても急にスピードはあがりません。一方、ひとたびスピードにのると今度は急に止まれなくなります。

この基本の動きを理解するための下図に簡単な回路を用意しました。抵抗Rをつけているのは、コイル自身はただの導線(=理論上は抵抗値はゼロ)のため、Rなしには電源とGNDがショートし大電流が流れてしまうためです。
図中右に電流波形とコイル両端の電圧波形VLを示します。赤の線はコイルがない場合(ただの電源とRだけの回路)ですが、電流はスイッチのON/OFFに合わせて直角に立ち上がり/立ち下がります。しかし、コイルがあると青線のようにスイッチをONすると電流はゆっくりと立ち上がります。つまりコイルが電流を流そうとする動きを邪魔するように動いているためです。またスイッチをOFFするとゆっくりと立ち下がります。本来スイッチが切れているので電流は流れないはずなのですがコイルは電流を流し続けようとするため、電流は直ちにゼロになることはなく徐々にゼロになるように立ち下がります。
電圧波形も電流の動きが分かれば理解が容易です。ONした瞬間は電流が流れないように、電源とは逆向きに電圧が発生します。これはいわゆる抵抗で発生する電圧降下と同じですから、コイルは抵抗のように振る舞っているということです。OFFした瞬間は電流を流そうと動くため電源と同じ向きに電圧が発生します。これは、コイルが電源と同じように振る舞っているということです。

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コイルの利用シーン

比較的わかりやすいものをいくつかご紹介します。有名なところでは電磁石の特性を利用し電気を回転運動に変換するモーターがあります。ただし、モーターは電気的な動きを見ると少々難解になるので今回は割愛し、別の例を説明します。

リレー

リレーはコイルの電磁石の特性を利用した物理スイッチ*2です。物理スイッチなので普通は人間の指を使ってON/OFFさせるようなものですが、コイルに電流を流したり/止めたりすることで、磁力をコントロールしスイッチの接点を自動でON/OFFさせます。
図はリレーの中身です。この図でいうと左側がコイル部で右側がスイッチ部です。コイル部に電流を流すと磁力が発生し、その磁力によって右のスイッチ部がON/OFFします。*3

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こちらはリレーを駆動するためのサンプル回路(下図)です。電源電圧は5V、コイルに電流を流すとスイッチがONするタイプのリレーを例に図示しています。

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余談になりますが、リレーを直接マイコンのGPIOで駆動せずにFETを介して駆動しているのは、マイコンのドライブ能力(出力インピーダンス)の問題です。(以下の記事の”マイコンのGPIOポートでLEDは点灯できるか?"を参照) blog.vivita.io

まずマイコンの出力(図のD点)をHIGHにすると、FETがONします(下図、中央)。FETがオンするとコイルに電流が流れ、リレーのスイッチがONし、A点とB点がショートします。
この状態からマイコンの出力をLOWにすると、FETがOFFします(下図、右)。上で説明した通りコイルは電流を流し続けようとする性質があるためFETがOFFしても即座に電流は止まりません。その電流はコイルに並列につけたダイオードを経由してぐるぐると周りながら減衰し、最終的にスイッチはOFFします。

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さて、もしこのダイオードがなかったら一体どうなるでしょうか?先ほどお話しした通りFETをOFFしてもコイルは電流を流し続けようとします。このとき上述(コイルの直感的理解)のように、コイルそのものが電源のように振る舞うことになります。電源の5V+コイルで発生した電圧分がC点に印加され、FET(場合によってはバイポーラトランジスタ)の耐圧を超え部品破壊に至る可能性があります
しかし、ダイオードを入れていれば電圧は最大でも電源電圧5V+ダイオードのVf分しか上昇しません。コイルを使う場合にはこういった特性に気を遣って回路を組む必要があります。

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ノイズフィルタ

名前の通りノイズを遮断する回路です。ノイズは設計者の意図しない急激な電流変化です。何度も話しているようにコイルは急激な電流変化を嫌うためノイズが流れるラインにコイルを挟むとノイズ(による急激な電流変化)を軽減することができます。LとCで作るローパスフィルタが有名です。LCローパスフィルタはLC型、CL型、π型、T型などいろいろな種類がありますが、下図はLCフィルタの例とそのイメージ図です。

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こういったフィルタは、スイッチング電源の出力の平滑化に使用されていたり、ノイズレベルがそのまま音の品質に直結するオーディオ回路などに使用されます。 それ以外にも、各国で規制されているノイズ輻射レベルをその規制値まで低減するために挿入されたりしますが(下の写真の赤丸部分など)、あくまでも製品販売をする場合の規制なので、趣味で工作する分にはノイズそのものが動作不良を引き起こさない限りはあまり使用頻度は高くないかもしれません。

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寄生インダクタンス

"コイルの構造"でお話しした通り、ただの導線つまり基板上の配線もコイルとしての特性を少なからず持っています。そういうものを寄生インダクタンスと呼びます。そういう寄生インダクタンスは特定の状況で悪さをします。ここではその具体例を紹介します。

負荷変動による電源電圧の乱れ

寄生インダクタンスは配線の長さに比例して大きくなります。例えば、電源回路とその電源を受けるICが極端に離れている場合、実際には回路としては存在しないコイルがあたかも存在しているように振舞います(下図の右)。

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この場合、何が問題になるかというとICの負荷変動が起きたとき(下図の電流グラフ)、理想的には点線のように矩形に電流が変化しますが、寄生インダクタンスによって電流の動きが阻害されます。
そうすると、A点での電圧(下図の電圧グラフの赤線)は問題なく出力されているにも関わらず、B点での電圧(下図の電圧グラフの青線)にアンダーシュートとオーバーシュートという電圧の乱れが生じます。

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アンダーシュートはICの動作電圧を下回るとICの動作不良を引き起こします。オーバーシュートはICの耐圧を超えICを破壊する可能性があります(オーバーシュートに関してははリレー回路で既に説明したものと同じ原理です)。数mA程度しか消費しないような回路では問題がないかもしれませんが、数Aを消費し、かつそれが大きく変動するような回路の場合*4はより注意が必要です。

最後に、コイルに発生する電圧とアンダーシュート&オーバーシュートの関係を図示しておきます。コイルに発生する電圧(下図、緑のVL)については最初の”コイルの直感的理解”の部分で図示したものと同じになっているはずです。 この回路の電圧はVA = VL + VB ですから、グラフのVL+VBをすると、常に一定のVAのグラフになることが分かります。 f:id:shozaburo:20201110093307j:plain

まとめ

再三繰り返しますが、コイルは電流の変化を嫌うような動きをします。この理解があればコイルを使った回路の動きが理解しやすくなります。 また、配線にもわずかに存在するコイル成分=寄生インダクタンスが悪さするのは、今回説明した例だけではなく"コンデンサの自己共振"や"信号のリンギング"など色々ありますが、いずれにせよ寄生インダクタンスはない方がよい(理想回路に近づく)ので、配線は短くを意識して基板を作れば間違いありません。

次回はコンデンサについて説明する予定です(たぶん)。

*1:私が比較的低周波の直流回路を扱っているから、ということもあります。交流を扱ったり、無線等の高周波を専門とされている方はそうではないかもしれません。

*2:物理スイッチは、実際にモノが移動して接触したり離れたりするスイッチです。スイッチは他にもトランジスタやMOSFETなどの半導体スイッチがあります。

*3:電流を流すとON、電流を流すとOFFの両方のタイプがあるので注意。

*4:余談ですがコイルに発生する電圧は数式で表現するとV=-Ldi/dtですから、"コイルに発生する電圧は流れる電流の微分に比例"、つまり電流の変化が大きければ大きいほど、コイルに発生する電圧が大きくなり、オーバーシュートやアンダーシュートも大きくなります。従って最大でも数mAの回路よりも数A流れる回路の方が電流の変化の幅が大きいのでより注意が必要、という理屈です。